鶏白湯ラーメン「とりの助」 先輩オーナーの声(根本健一オーナー)

6年たった今では4店舗を運営

鶏白湯ラーメン「とりの助」 とりの助 根本健一 オーナー

夢の切符はテーブルに置かれたアンケート用紙

私は6年前に脱サラしてラーメン店のオーナーになりました。
以前は、全国にチェーン展開するレストランで調理の責任者をしていましたが、当時私には2つの夢がありました。
1つ目は、独立してフランチャイズで自分のラーメン店を持つこと。そしてそれが軌道に乗った暁には、カフェとハンバーグ&ステーキのオリジナルブランドを立ち上げたいというのが2つ目です。
そんな思いをくすぶらせていたサラリーマン時代、転勤で広島に来ることになりました。そこで出会ったのが、ばり馬ととりの助のラーメンでした。私にとって、それはセンセーショナルな出来事でした。
私は「これだ!」と思い、テーブルのアンケート用紙に見つけたウィズリンクの名前に、すぐに連絡をしたのです。

社長の人間性が私自身に力を与えてくれた

実は面接の際、前職で培った物流や受発注システム、調理技術といったノウハウを、ウィズリンクで活かせるのではないかと思い、社員として働きたいと応募したのです。そしてチャンスがあれば自分のお店を出す機会をいただけたら、という思いでいたからです。
しかし、面接をしていただいた社長の言葉に、私は面喰いました。「お店を出したいのなら、すぐに始めたらいい」と言われたからです。社長は私の話しに真剣に耳を傾け、温かく背中を押してくださいました。

会社のバックアップがあったからこそ得られた安心

サラリーマンを辞め、個人事業でスタートを切ることになりした。しかし個人となれば、資金面での苦労は避けることはできません。空き店舗の借り上げから改修や環境整備に至るまで、多くの費用がかかります。そんな資金繰りやコスト管理において知識のない私を、会社がしっかりとバックアップしてくれました。
店舗探しは、当時まだ1店舗しかなかった岡山で始めました。会社だけに頼らず、自分でも必死で毎日探しました。そうして、ようやく探し出した物件で、夢の第1号店をオープンすることになったのです。
オープンした時は、運悪くリーマンショックのあった年。客足が少ない日も多く、売上が足りない時にはチラシ配りや駐車場の整備も自ら行うこともありました。とにかく必死になってここまでやってきたように思います。

地域になくてはならない店舗を目指して

1号店のオープンから2年半後には法人化し、6年たった今では4店舗を運営しています。
私が目指すお店のかたちは、「地域に密着した店舗づくり」です。お客様との会話を大切に、お客様の期待以上のおもてなしと商品でお迎えしたいと思っています。従業員にもその思いを共有してもらいながら、笑顔とあいさつを徹底して教育しています。スタッフが自分の背中見て育ってくれるよう、私自身も当たり前のことを当たり前にできる人間でありたいと思います。
そして、2つ目の夢であるオリジナルブランドの立ち上げも、この春に実現することになりました。ここまで来ることができたのもひとえに、ウィズリンクのおかげだと思います。この出会いがなければ、夢の実現も成し得なかったですし、今の私自身も存在しなかったと思いますね。

夢への扉は、勇気のある第一歩

教育、店舗演出、オペレーションなどにも精通している会社ですから、初めて事業を起こす人でもここなら安心してお店を持つことができるのではないでしょうか。
自分でお店を始めるというのは覚悟が必要です。しかしそれだけでは乗り越えられないものもあります。しっかりとサポートしてもらえる環境に巡り合えた私は、幸せだったと思います。
ぜひ、勇気を持ってウィズリンクの扉を叩いてもらいたいですね。