結婚相談所「ブライダルサロン東京」の婚活カウンセラーとして活躍する山田翼。日本結婚相談所連盟byIBJ
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やっと見つけた自分の居場所——人生のどん底から婚活アドバイザーとして成功するまで

結婚相談所「ブライダルサロン東京」の婚活カウンセラーとして活躍する山田翼。常に自身に合ったフィールドを求めて、柔軟にキャリアを変更してきた彼が、「婚活カウンセラー」としての人生を歩むきっかけは、ファイナンシャルアドバイザーを本業としていた際にお客様からされたある相談でした。いかにして婚活アドバイザーになったのか、その経緯をご覧ください。

見つかるはずもない「何か」を求めて、浪人2年目で単身上京

日本結婚相談所連盟で婚活カウンセラーになる前のフリーター時代
夢見た東京でどっぷり浸かったフリーター生活。

高校卒業後の1年間、地元の群馬で浪人生活を送った山田。しかし、結果はあえなく惨敗。「上京すれば何かが変わる」——。絶望の淵に立たされた山田が浪人2年目に選んだフィールドは東京でした。

「東京に行けば現状を打破できると思って上京を決意しました。ですが、4月に通いはじめた予備校も、大都会、東京の誘惑に負けて5月には行かなくなりました」(山田)

いい大学を卒業して一流企業に入社する——。山田が思い描いていた将来像は夢物語にしかすぎず、せっかく通いはじめた東京の予備校もわずか1ヶ月で挫折。確かに状況は一変したものの、高卒フリーターとして、目標を失った毎日を“なんとなく”過ごす日々がはじまります。

その後は昼と夜のアルバイトを掛け持ちする「スーパーフリーター」に転身。当時の山田の月収は35万円前後。正社員として働く同年代よりも稼げる東京でのフリーター生活にどっぷり浸かってしまいました。とはいえ、夢も希望も光も見えない状況に、モヤモヤを募らせる毎日……。そんなある日、突拍子もない“目標”が山田に芽生えてきます。

「ふと、ワーホリで海外に行こうと思ったんです。しかし、まったく英語が話せなかったので、お金を貯めながらまずは英会話スクールに通いました。そんな生活が3〜4ヶ月くらい続いたんですが、海外での生活費などを考えたときに現実的ではないという結論に行きついて、またしても挫折してしまいました。いうまでもなく、英語は話せません……」(山田)

再び降り出しに戻ったフリーター生活。そんな時に届いた1通のメールが、堕落した山田のフリーター生活に終止符を打ちます。

「当時、登録していた派遣会社からシステムエンジニア(以下、SE)の正社員採用の求人メールが届いたんです。未経験歓迎だっただけでなく、当時はホリエモンが話題になっていたこともあって興味本位で応募しました。そして、面接を受けたらトントン拍子に採用。23歳ではじめて正社員として働くことになったんです」(山田)

上京した時や海外に行こうと考えた時と同様、行動に移せば突破口が見えるはず——。そう確信してIT業界の門を叩いた山田ですが、そこからの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

「かっこいいから」という理由でスタートしたSEとしてのキャリア

IBJ婚活カウンセラーとして活躍する前のSE時代
SEとしてキャリアをスタートさせるが...

持ち前のフットワークを生かして、正社員のSEとしてキャリアをスタートさせるも、ITの知識はほぼゼロに近い状態です。当時は現在ほどインターネットが普及しておらず、山田自身、パソコンすら持っていないアナログ人間。

「当時は、ネットサーフィンができる程度で、WordやExcelすらも触ったことがないレベル。入社後、1ヶ月くらいの研修期間こそありましたが、当然何も分からない状況でいきなり現場に投げ出されて……。その後もシステムがどんどん新しいものに更新されていくので、必死に勉強しても付いていくのがやっとという感じでした」(山田)

がむしゃらに働くも、当時の基本月給は19万円。フリーターの頃と比較すると、およそ半分の給料しか稼げていない現状に一抹の不安を覚えはじめます。そこで、将来性はもちろん、プロジェクト先に常駐する「派遣のような働き方」が決定打となり、入社から2年で転職を決意。

「かっこいいから」という憧れだけで首を突っ込んだIT業界。営業など人と話す仕事の方が自身の性格に合っていると感じながらも、即戦力として期待される25歳という年齢……。未経験からのジョブチェンジを願う気持ちをグッとこらえて、大手グループ会社のIT部門で、山田が希望していた「本社勤務のSE」としてキャリアを再スタートさせました。

とはいえ、やはり山田にとっては不本意な転職……。前職とは違い営業職の強いSEであったことから、少なからずやりがいを持って仕事に取り組んでいましたが、一方で、人事評価の査定が「最悪」にまで落ちる失態を犯します。

「残業をしてこそ是とする企業風土の会社だったんですけど、繁忙期である3月に1度も残業をしなかった時期がありました。個人で数字を管理されていたので、自分の目標の売り上げさえ達成していれば問題ないと思ったんですが、評価やボーナスの査定が下がってしまっただけでなく、最終的には、残業のない裏方の部署に異動を命じられました」(山田)

身勝手な行動による過ち……しかし、この経験が大きなターニングポイントになるとは、当時の山田自身、知る由もありませんでした。

どん底から一転、天職とも思える「ファイナンシャルアドバイザー」に転身

婚活カウンセラーへ通ずるスキル磨いたファイナンシャルプランナー時代
ファイナンシャルアドバイザーとしてセミナーを開催

その後は、与えられた仕事だけを“なんとなく”こなして、定時になれば退社をする——希望のワークライフバランスではありながら、心にぽっかり穴が空いたような毎日。大手グループ会社の本社勤務という自負はあったものの、昇進や昇給など、将来への不安が消えることはありませんでした。そこで山田は、人脈や出会い、そしてビジネスチャンスを求めて、さまざまな職業の人が集まる「交流会」に参加することに。

「異業種交流会はもちろん、料理ができたらモテるかもしれないということで、お料理教室にも参加しました(笑)。当時はFacebookが流行りだした時期だったので、交流会に参加をすれば人脈がどんどん拡がっていったんです。そして、そこでつながった人たちを集めて、『つばさ会』という会を主催していました。この時に集まったメンバーがさらにつながっていくなど、人と人をつなげるおもしろさに気づいた体験ですね」(山田)

さまざまな出会いを求めて交流会に参加していた山田。そして、ある集まりに参加した時に転機が訪れます。それは、お金の教養を学ぶ「ファイナンシャルアカデミー」でした。

「最初はおもしろ半分で参加したんですが、じっくり話を聞いてみると、とても興味深い内容でした。もともとお金の話や資産運用などは関心のある分野だったので、自分の興味・関心と合致したんです。そして、これをきっかけに『ファイナンシャルプランナー』を目指そうと考えました」(山田)

その後は、SEとしての人生に終止符を打つと共に、ファイナンシャルプランナーの資格を取得。そして、大手保険会社の担当者とパートナー契約を結び、「ファイナンシャルアドバイザー」の道を歩むことに。そもそも、営業色の強い仕事に憧れを抱いていた山田にとって、天職ともいえる仕事でした。

持ち前の社交的な性格から、お金の話にとどまらず、「人生相談」にも似たさまざまな相談を受けるようになります。そこでしばしば登場するのが、お客様自身ではなく、お客様のご子息やご息女の「結婚の話題」でした。

「お金の相談を受けるはずが、何度か会っているうちに話がそれていって(笑)。お金の心配をしているはずなんですが、それよりもお子さんが結婚できないことが心配なようで。『誰かいい人いない? 紹介してよ!』と言われることが多かったですね。とはいえ、周りは結婚を考えていない友人たちばかりで……」(山田)

そこで、顧問の会計士に相談。その時に紹介されたのが、「株式会社IBJ」が展開するフランチャイズだったのです。これまで、能動的にアクションを起こすことで物足りない現状を打破してきた山田。ファイナンシャルアドバイザーとしての活動を続けつつ、当時32歳の山田が新たに選んだステージは「婚活カウンセラー」でした。

やっと手に入れた「成功パターン」で、会員様のハッピーの架け橋に

IBJ加盟オーナー同士の交流会に参加
加盟オーナー同士の交流会に参加

「もちろん、全くの未経験の業界なので、集客などに不安を感じていたのは確かです。ただ、ロイヤリティをはじめ、毎月の維持費が少額で済むことで、会員が3人いれば赤字にはならない点、さらに、ストック型ビジネスである点に魅力を感じて加盟を決意。そして何より、以前『つばさ会』を主催していたことから、人と人をつなげるおもしろさを経験していたので、その辺が自分の性格にバチンとはまりました」(山田)

開業後は収益を上げることを目標に、とにかく会員集めに躍起になる日々。結果、1〜2ヶ月で赤字にならない最低ラインに到達します。しかも、この時に入会した会員様のひとりが、入会からわずか2ヶ月で成婚。それまでは、収益ばかりを優先して事業を進めていましたが、この成婚をきっかけに山田の考えにある変化が訪れます。

「開業当初は収益を優先するばかりに、婚活アドバイザーとして成婚させたら、次はファイナンシャルアドバイザーとして、保険をはじめとした『その後』のお金のことばかりに目がくらんでいました。しかし、この成婚があまりにも感動的で……。人の人生を大きく変えられるこのビジネスにやりがいを感じた瞬間です」(山田)

しかし、その後は決して順調ではありませんでした。より多くの成婚を生み出すためにはある程度の会員数が必要です。一度入会した会員様が退会しないように、「お客様」として会員様に接してしまったのです。

「はじめての成婚でやりがいを感じながらも、やっぱりどこかで会員様を『お金』として見ていたんですよね。その結果、退会させないようにお客様扱いしてしまった自分がいました。でも、一向に成婚には至らず、しまいには成婚しないまま退会してしまったんです。ときには厳しく指導することも必要なのに、会員様の成婚を遠ざけていたことに気付きました」(山田)

その後は、御用聞きだった手法をガラリと変え、「医者と患者」のような立ち位置で、会員様の成婚を第一に考えた「婚活カウンセラー」として生まれ変わりました。そして、ある会員様の成婚をきっかけに、確かな自信を手に入れます。

「ある日、垢抜けない感じの女性に入会していただいた際、自分色に100%染まるくらいにまで多くの指導をしました。すると、入会からたったの2ヶ月で成婚。その後も多くの成婚を生み出したこの成功パターンが、大きな自信につながりました」(山田)

常に自らアクションを起こして人生を切り開いてきた山田。婚活サポートとしての彼の人生も毎日が試行錯誤の連続です。より多くの成婚を生み出すことで、人々の人生をハッピーにする架け橋となるべく、今日も出会いをつないでいきます。


国内最大級の結婚相談所ネットワーク「日本結婚相談所連盟」FC加盟者ストーリー ― 2017.5.5



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