ミニストップ吹田清水店 戸田オーナー
ミニストップのロゴ

両親の反対を押しのけて24歳でコンビニオーナーに。ミニストップで歩む経営者の道

単身者でも独立できるミニストップの「インターン独立契約社員制度」。この制度を利用して独立を果たしたのが、現在26歳の戸田慎二(とだ・しんじ)。弱冠24歳という年齢でコンビニオーナーとなった彼がいかにしてミニストップでの独立を選んだのか。その背景にあるストーリーをお話します。

任せてもらえることにやりがいを感じていたミニストップでのアルバイト時代

ミニストップ看板
高校生のときのミニストップとの出会いがすべての始まり

弱冠24歳でミニストップの「インターン独立契約社員制度」を利用し、フランチャイズに加盟した戸田。26歳になった現在は、2店舗のオーナーとして日々奮闘しています。そんな彼がミニストップと出会ったのは高校2年生のころでした。

「自宅の近所にミニストップがオープンしたので、気になって行ってみたんです。すると、おいしいソフトクリームを安く食べられるだけでなく、今でこそ当たり前になりつつあるイートインコーナーが併設されていることにびっくりしちゃって(笑)。当時は、ミニストップに行ったことがなかったどころか、どういうコンビニなのかも知らなかったので感動しました」(戸田)

その後も足しげく通っていた戸田は、大学2年生を迎えるころに人生初となるアルバイトをスタートさせます。その舞台となったのは、普段から足を運んでいる自宅近くのミニストップでした。

「高校生のころから『ここでアルバイトしたいな〜』と考えていました。大学1年生のときは授業が忙しくてできなかったんですが、2年生になって時間に余裕ができたのでアルバイトをしよう、と。でも、その時はアルバイトを募集していなくて……。何度か通っていたら、ある日『アルバイト募集』の紙が貼ってあったので、自宅に帰ってすぐに応募しました」(戸田)

そうして、ミニストップでのアルバイトをスタートさせた戸田。店舗スタッフが着実にスキルアップできるように開発された教育プログラム「イエローテイル・プログラム」により、やりがいに満ちたアルバイト生活を送るのです。

「アルバイトスタッフとはいえ、個人の裁量に任せてもらえる機会がしばしばありました。たとえばホットスナックが売り切れた時、最初は必ずオーナーに個数を聞いてから調理していたんですが、慣れてからは自分で考えて作るように言われて……。多すぎても少なすぎてもお店にとってはダメージになるので、ある意味プレッシャーに感じることもありました(笑)。でも、成長につながるので、結果的には任せてもらえて良かったですけどね」(戸田)

ミニストップのオーナーになることを目標に、地元のスーパーに就職

ミニストップ独自の教育プログラムの図:イエローテイル・プログラム
図:イエローテイル・プログラム(「イエローテイル」とは魚のブリのこと。すべてのスタッフが仕事への高いモチベーションを持ち、着実にスキルアップするためのミニストップ独自の教育プログラム)

ミニストップで働くことに、大きなやりがいと共に恵まれた環境であることを感じていた戸田。彼がそう感じた背景には、一緒に働くスタッフが大きく関係していました。

「ある日、ホットスナックを作りすぎてしまったことがありました。案の定、売れ残りそうになった時に、僕だけじゃなくスタッフ全員がお客さま1人ひとりに声をかけてくれたことがあって、まわりのスタッフに支えられていることを実感しました。また、プライベートでもスタッフと食事や旅行に行くなど、本当に人に恵まれてる。そう感じました」(戸田)

そして、そんなスタッフたちをけん引するオーナーこそ、戸田がミニストップのフランチャイズに加盟するきっかけを与えてくれた人物だったのです。

「はじめてのアルバイトで右も左も分からない僕に、一から優しく教えてくれただけではなく、休みの日には買い物や釣りに連れていってくださったり。『オーナーとスタッフ』という関係性では説明できないくらいの面倒をみていただきました。しかも、当時は40歳手前にして2店舗のオーナーとして活躍しているだけでなく、大きなマンションに住んで高級車に乗っているような方で、『こういう人になりたい』と考えていました」(戸田)

いつしか、戸田にとってオーナーは憧れの的として映るようになったのです……。いても立ってもいられなくなった戸田は、オーナーにある質問を投げかけます。

「オーナーみたいになりたいです! どうすればオーナーみたいになれますか!?」

オーナーが出した答えは「まずはお金を貯めなさい。ミニストップのオーナーになるには、最低でも300万円必要だから」と……。戸田は、この時にはじめてミニストップの「インターン独立契約社員制度」の存在を知るのです。

コンビニエンスストアのフランチャイズに加盟するには、夫婦や兄弟・姉妹などの家族経営が一般的ですが、ミニストップの「インターン独立契約社員制度」は、戸田のように結婚していない単身者でも加盟できるのです。しかも、当時の加盟金はほかのコンビニフランチャイズと比較しても低めの設定である255万円でした。

さらに、研修中は20万円の基本給与と7万円の訓練期間手当の合計27万円が支給されるだけでなく、研修後には180万円の独立奨励金を手にすることができるのです。

「これだ、これしかない。僕が目指すべき道は、やっぱりミニストップのオーナーなんだ」。そう彼は確信するのです。

大学4年生を迎えるころに「就職活動」を理由にミニストップのアルバイトを退職。その後は、小売業に的を絞り就職活動に専念します。彼がミニストップ本部への就職を目標にしなかったのには、ある理由がありました。

「あくまでも接客の仕事をしたかったので、フランチャイズ本部のスタッフとしてオーナーさんに経営アドバイスをしたり、開発業務に従事したりしたいわけじゃないんです。ですので、ミニストップにFC加盟する為の準備資金を貯めるため、地元のスーパーマーケットに就職することにしました。インターン制度を利用すれば実際は300万円もいらないんですが、バイト先のオーナーに言われたことが強く残っていて、まずは300万円貯めようと」(戸田)

入社後は朝から晩まで身を粉にして働いた戸田。この経験が、のちにミニストップのオーナーになってから大いに生かされるのです。

両親の大反対を押しのけ「インターン独立契約社員制度」に応募

商品を整えると戸田オーナー
前職のスーパーで学んだことを活かせていると語る戸田

「1日で3000本もの牛乳を売るようなスーパーでした。陳列にもすべて意味があり、たとえばアクエリアスが左でコーラを右に陳列するんですが、普段見慣れている『信号機』と同じ配列にすることで、自然と手に取りやすいようになっているんです。よって、左に寒色系の商品、右に暖色系の商品を陳列します。早朝から深夜まで働くなど、かなりハードな労働環境でしたが、仕事内容に関してはいいものを勉強させてもらったと思っています」(戸田)

そして、ようやく目標の300万円が貯まったころ戸田は退職を決意します。入社から1年2〜3ヶ月が経ったころでした。これでようやくミニストップの「インターン独立社員制度」に応募できる。絶対にアルバイト時代のオーナーのようになってやる——。そう意気込んだ矢先、思わぬ壁が戸田の行く手を阻むことになるのです。

「実は、両親に大反対されたんです(笑)。コンビニ経営のことをまったく理解していなかったので、メディアが報じている失敗談ばかりを気にして……。でも、スーパーで身につけたスキルがあれば絶対に大丈夫。ほかのコンビニは契約期間が15年などの長期だけど、ミニストップなら7年。もし仮に失敗したとしても、7年後は31歳だからやり直せる——そう説得しました」(戸田)

反対する両親を押しのけ、「インターン独立社員制度」に応募。すると、本部の担当者から「新しくオープン予定の吹田市でオーナーを探している」という情報をキャッチするのです。2013年のことでした。

「とにかく地元で活躍したい。地元に還元したいという思いがあったので、吹田市のお店は最高の立地でした。アルバイト時代の先輩に相談したところ、『道路を挟んで向かい側に大型スーパーがあるから微妙じゃないか?』と言われたんです。でも、車通りが多い点、スーパーとコンビニのお客さんは層が異なる点、さらに、2015年には大型複合施設の『エキスポシティ』が、2016年にはJリーグのガンバ大阪のホームスタジアムが近くにできるということで、人が集まることは間違いないと思ったんです」(戸田)

吹田市にオープンするミニストップのオーナーになることを目標に、研修をスタートさせた戸田。半年間にも及ぶ研修を終え、最終試験に合格したのは2014年11月のことです。

2店舗目をオープンし、コンビニオーナーとして、また1人の経営者としても成長を続ける

ミニストップ吹田清水店
戸田にとって1号店となる「ミニストップ吹田清水店」

兼ねて念願だったミニストップのオーナーになった戸田は、2週間の開店前研修を経て、2014年2月に「ミニストップ吹田清水店」をオープンさせます。

「オープンから1ヶ月間はセールを開催したので、本当に忙しかったですね。それでも、平均日販は目標を大きく下まわっていました。ようやく目標を超えたのは、オープンから1年が経ったころでした。その後は、エキスポシティができたこともあり、ずっと伸び続けています」(戸田)

もちろん、立地だけで売り上げが伸びているわけではありません。スーパー時代に培ったスキルが活かされているのはもちろん、戸田が重視している「スタッフそれぞれの得意な分野を生かすこと」が功を奏しているのです。

「大学生のころにミニストップでアルバイトをしていた時、いろいろなことを任せてもらえたことがやりがいでした。それを今度はオーナーとして還元したい。ですので、保育士を志望しているスタッフにはポップ書きを、主婦の方にはおにぎりの調理を任せるなどしています。実際、作ってもらったポップで売り上げが伸びたり、おにぎりの評判がよかったりしたら、ちゃんとフィードバックもしてあげる。すると、本人も喜んでくれるし自信がつくじゃないですか」(戸田)

そして、吹田清水店のオープンから1年半が経った2015年、戸田にとって2号店となる「ミニストップ茨木春日店」をオープンさせるのです。

「絶対的に信頼のおけるスタッフがいるので、ひとつのお店に主軸となる人間が2人いるよりも、違う考えを持っている同士が別々のお店で切磋琢磨していったほうがいいと思い、2店舗目をオープンさせました。一般的には、複数店舗を展開すると1店舗目の売り上げが落ちると言われていますが、どちらも伸び続けています。2号店はもともと直営店だったお店を引き継いだんですが、その当時よりも売り上げは伸びている状態です」(戸田)

戸田がミニストップのオーナーになってから怒とうの2年半がすぎた現在、平均日販は当初の目標の125%を超えるまでに成長しました。オープンから途絶えることなく伸び続けている状態ですが、「3年が勝負の分かれ道」——そう戸田は考えています。

「一般的に、オープンから3年でお客さんの数が落ち着くと言われています。ですので、この3年でどれだけ認知してもらえるかが勝負。そのためには、おにぎりを絶対に切らさないなどの何かしらの対策が必要です。そういった意味では、恵方巻きなどの季節商品はチャンスなんですよ。ノルマこそありませんが、仮に1日の来店数が1000人だとして、全員に売り込みをしたら200個は売れるんですよ」(戸田)

弱冠24歳でコンビニオーナーになった戸田。「インターン独立契約社員制度」を利用し、ミニストップのフランチャイズに加盟したことを「本当に良かった」と感じています。

「半年間の研修の際は、本当にさまざまなことを学ばせていただきました。その間の給料が出る上に、最終的には起業までさせていただいて、至れり尽くせりだな、と」(戸田)

加盟当初は「10店舗のオーナーになる」と意気込んでいましたが、主軸となるスタッフを育成し、それに応じて複数展開をしていく方向に考えをシフトした戸田。弱冠26歳ながらも、今後も経営者としての階段を着実にのぼってくれる——私たちはそう確信しています。


両親の反対を押しのけて24歳でコンビニオーナーに。ミニストップで歩む経営者の道(2017.10.13公開)
※掲載情報は取材当時のものです。



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