エックスモバイル代表取締役の木野将徳
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【エックスモバイル創業秘話】偶然か必然か——「LCC」に心を打たれた異端児の挑戦

格安スマホ(MVNO)を手がけるエックスモバイル株式会社。代表取締役の木野将徳は、高校を卒業後に社会人としてのキャリアをスタートさせてから、勤めていた会社の倒産や独立、夜逃げなど、数々の紆余曲折に直面してきました。そんな彼がいかにして「エックスモバイル」を創業したのかをご紹介します。

就職、倒産、独立、夜逃げ……数々の紆余曲折に直面した若かりし日々

若かりし頃の木野(24歳の誕生日の一コマ)
若かりし頃の木野(24歳の誕生日の一コマ)

近年、スマホ等の普及により、誰もが簡単かつ当たり前のようにインターネットを利用するようになりました。そのインフラとも言える通信の部分は、かねて大手3キャリアの独擅場。その高額な料金に不満の声が大きくなる中、急激に人気が高まっている「格安スマホ(MVNO)」。15兆円以上の市場規模を誇るだけでなく、総務省が普及を促進していることもあり、将来が期待されるビジネスのひとつです。

2013年に「エックスモバイル」を創業した木野は、当時、日本国内では耳にする機会すらなかった「格安スマホ(MVNO)」に着目。日本の通信業界を変えたいという強い思いで、今もなお奔走しています。その原点は、彼のある体験にあったのです……。

岐阜県岐阜市で生まれた木野は、地元の高校を卒業後、フランス料理店にパティシエとして入社します。しかし、入社から半年足らずで会社が倒産。社会人になって早々、社会の厳しい洗礼を受けることになったのです。そんな彼の次なるキャリアが、ほかでもない「独立」でした。

「当時働いていたフランス料理店のオーナーに憧れていたので、『オーナーみたいになるにはどうすればいいですか?』と聞いたら、『独立しろ。起業すれば自分で天井を決められるんだ』と。でも、当時19歳の自分にはよく分からなくて……。その後、「サンクチュアリ(原作:池上遼一/作画:史村翔)を読んだことをきっかけに総理大臣を志すんですけど、その時にオーナーから言われた言葉を思い出して、『独立すればなれるかもしれない!』と。今考えるとめちゃくちゃですよね(笑)」(木野)

そうして独立に踏み切る木野ですが、ある重要な問題がのしかかります。それは、会社を設立するための資金。当時の制度では、株式会社を設立するのに1千万円、有限会社の場合だと300万円が必要だったのです。

「もちろんそんな大金を持っているわけもなく……。1万5000円しか所持していなかったので、家族や知り合いに掛け合うなどして1週間で500万円くらい借してもらいました」(木野)

なんとか資金を掻き集めて有限会社を設立。その後は試行錯誤を繰り返してあらゆる事業にチャレンジするものの、すべて失敗に終わってしまいます。最終的には莫大な借金を抱えて夜逃げをする始末……。数ヶ月間は名古屋市内にある白川公園でホームレスとして暮らしていました。23歳のときに再起をかけて再び会社を設立しますが、仲間割れを理由にクビを切られるなど、またしても挫折を味わうことになるのです。

「どうすればフランス料理店の、あのオーナーみたいになれるんだ——」

途方に暮れた木野は、ただ漠然と海外にいく計画を立てます。この決断がエックスモバイル創業の原点になることを、当時の木野は気づいていません。

「エックスモバイル」創業のきっかけはエアアジア創業者との出会い

海外で働いていた時の一コマ
海外で働いていた時の一コマ

日本国内から逃げるようにして海外に拠点を定めた木野は、ドバイや香港、シンガポールなどで転々とした生活を送ります。

「もちろん英語なんて話せませんし、『何をしたい』という明確な目的もなかったですね。渡航先も行き当たりばったりだったので、とりあえず空港に着いてから次の渡航先を決めていました」(木野)

同じように、次なる渡航先をなんとなく選んでいるとき、ふと木野の目にとまったのがマレーシアだったのです。例に漏れず明確な目的がなかった彼は、リタイア後にマレーシアへ移住する日本人にコンドミニアムを紹介したり、コチョウランを日本に卸して利益を得たり、その日暮らしの生活を送っていました。しかし、そんな生活が続いたある日、マレーシアに来た理由について、自問自答を繰り返すことになるのです。当時29歳のことでした。

「おれは一体何をやっているんだ? 日銭を稼ぐために起業したわけではない。日本を変えるために起業したんだ——。そのためには、日銭稼ぎではなく、何か世の中を変えられる仕事をしなければならないと思ったんですよね。30代の10年間で土台を作らないといけないな、と」(木野)

我に返ったことで初心を取り戻した彼は、成功している起業家のセミナーや勉強会を片っぱしから調べ上げて参加することで、水を得た魚のように勢いを取り戻すことになるのです。

そんなタイミングで、アジア初のLCCでもある「エアアジア」の創業者、トニー・フェルナンデス氏のセミナーに参加。この体験が木野にとって、そして日本の近い将来にとって大きなターニングポイントになるとは知らずに……。

「それまではマレーシア航空が市場を独占している状態。しかし、エアアジアが参入したことで、『飛行機=高い』という概念を覆したんです。誰もが気軽に飛行機に乗れる世界にしよう、と。しかも、たった30円の資本金で作った会社が、今はアジアNo.1のLCC航空会社ですからね。利用者もトニー氏もお互いハッピーな世界を作り上げたんですよ。とても感動して、自分もこんな仕事がしたいと思ったんです」(木野)

あまりにも衝撃を受けた彼は、セミナーが終わってからトニー氏に直接お礼を言いにいきました。そこで木野の方向性を決定づける、ある有益な情報を手に入れるのです。

「マレーシアでは携帯代がわずか1000円だったことに日本とのギャップを感じていたので、モバイルのLCCをやりたいと伝えたら、イギリスの『ヴァージン・モバイル』という格安携帯の会社を教えてくれて。今度、ヴァージングループの創業者のセミナーがシンガポールであるから行ってみたらと言われたんです」(木野)

「モバイルのLCCをやりたい!」という強い思いが導いた偶然すぎる出会い

現地ADSL会社でプレゼンする木野
現地ADSL会社でプレゼンする木野

将来への方向性が定まったことでさらに勢いづいた木野は、トニー氏の助言通り、シンガポールで開催されたリチャード・ブランソン氏(ヴァージンモバイル創業者)のセミナーに参加すると、衝撃的な事実を知ることになるのです。

「基地局がなくても携帯の通信サービスを提供できるだけでなく、それが世界のスタンダードだということをその時にはじめて知りました。大手キャリアが独占状態をキープしている日本国内とは違い、世界標準ではオープンで自由な業界だったんですよね。大きな可能性を感じると同時に、日本も必ずそんな時代がくると思いました」(木野)

一時は窮地に立たされた木野にとって、一筋の光が見えた瞬間でした。この興奮のまま日本行きの飛行機に乗ると、奇跡的な出会いが彼を待っていたのです。

「フライト中に小腹が空いたので、ポテトチップスを買おうとしたんです。でも、搭乗していた飛行機では使えないシンガポールドルしか持っていなくて。困っていたら、隣に座っていた日本人が『Your Singaporea? 両替してあげようか?』と助けてくれて……。その後も世間話をしていたら、マレーシアでコンドミニアムを探しているということで、原地の仲介会社を紹介してあげることになったんです。名刺交換をしたら、通信事業者大手の元役員の方だったんですよね」(木野)

あらかじめ用意されたシナリオのような偶然すぎる出会い……。これをチャンスととらえ、メモ帳とペンを片手に“通信業界のいろは”を教わることになったのです。

「通信の大まかな仕組みはもちろん、SIMカードやMVNO(仮想移動体通信事業者)のことをこの時にはじめて知りました。また、当時日本ではMVNOなんて言葉すら聞いたことのなかった時代ですが、今後のトレンドや通信の流れなどを踏まえて、MVNOがどう推移していくのかを予測するなど、5年分のマイルストーンを一緒に考えてくれたんです。羽田空港に到着するまでの数時間、通信業界のことやMVNOなどについてひたすら教えてもらいました」(木野)

点と点がつながり、ひとつの線となった木野の思い……。しかし、それ以降は激動の時代が待ち受けていることを、当時の木野は知る由もありませんでした。

「最低でも1億円は用意するべき」——起業に向けて資金集めに奔走

海外の格安スマホ(MVNO)を説明する木野
海外の格安スマホ(MVNO)を説明する木野

目標が明確に定まった木野の前にまたしても立ちはだかったのは、19歳当時、はじめて起業した時と同じように「資金」の問題です。

フライト中に、「モバイルのLCCで事業を起こすには、最低20〜30億円はあった方がいい。それが無理なら、最低でも準備に1億円は用意するべき」と助言されていた木野の当時の所持金は、わずか30万円……。そこで彼は、日本に到着するやいなや資金集めに奔走するのです。

「全国を歩きわたり、街を歩いているお金を持ってそうな人に手当たりしだい声をかけまくるところからスタートしました。ですが、結果は当然ながら全然だめ……。そこで、『昼間から1杯1000円のコーヒーを飲んでいる人は金持ちに違いない』と、大阪の高級ホテルのラウンジに狙いを定めたんです。そうしたら、80人目くらいに声をかけたある会社の社長が、財布から100万円をポンと出してくれたんです。そこからはその人の知り合いを紹介してもらうなどして、1億円を集めました」(木野)

そうして資本金を集めた木野が、2013年に創業したのがほかでもない「エックスモバイル株式会社」なのです。

「創業の背中を押してくれた人と出会ったのが『エアアジアX(エックス)』だったので、『エックス』を拝借して『エックスモバイル』と名付けたんです。そして、ローマ数字でXは10を意味するので、10月10日に創業しました」(木野)

数々の紆余曲折を経て設立に至った「エックスモバイル」ですが、この段階ではまだ会社を設立しただけ。つまりスタートラインに立っただけの状態です。20億〜30億は必要と助言を受けているだけに、ここからが木野にとって本当のスタートライン。大手3社が独占している日本の通信業界を変える戦いは、まだはじまったばかりなのです。


携帯キャリアのLCC「エックスモバイル」本部ストーリー ― 2017.8.21



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