吉田松陰ってどんな人?歩んだ人生や松下村塾の教え、現代に蘇る「松陰塾」を紹介します

フランチャイズWEBリポート編集部 |2022年03月17日 公開 (2024年01月04日 最終更新)
松下村塾の教育方法継ぐ松陰塾とは

江戸時代末期(幕末)に活躍した思想家・教育者の吉田松陰(よしだ しょういん/1830-1859)。長州藩(現在の山口県)で生まれ私塾「松下村塾」を設立。のちの明治維新を支える高杉晋作・伊藤博文・久坂玄瑞といった要人を育てたことで知られています。

この記事では、吉田松陰がどういう人物で、どんな人生を歩んだのか。そして、どんな想いで教育と向き合っていたのかについて深掘ります。最後には、そんな吉田松陰の教育に対する想いを現代に蘇らせた個別指導塾「松陰塾」についてもご紹介。ぜひご一読ください。

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わずか19歳にして教育者としての道を歩み始めた吉田松陰

吉田松陰先生像

まずは、吉田松陰がどんな人物なのか簡単にご紹介します。吉田松陰は1830年に長州藩(現在の山口県)の下級武士の家に生まれました。貧しい家庭で育った一方で、藩主に対して兵学の講義を開くなど、豊富な知識で周囲からも賞賛を浴びていました。そして、わずか19歳にして、兵法の師範として生計を立てるようになったのです。

しかし、時代は激動の幕末。1842年に起こったアヘン戦争では、2年にわたる長い戦争の末、清(現在の中国)がイギリスに敗れるなど、日本も清のように欧米諸国の攻撃を受けるのではないか……そういった危機感が日本で高まっていきました。

そこで、20歳を過ぎた吉田松陰は、より知見を広めるため、日本全国を巡る旅に出発します。そんな旅の途中、浦賀でペリー率いるアメリカ東インド艦隊を目撃。いわゆる、「黒船の来航」を目の当たりにした吉田松陰は、黒船に忍び込んでアメリカに密航することに……。しかし、計画はあえなく失敗し、萩(現在の山口県)にある牢屋に幽閉されてしまうのです。

自由を奪われてしまった吉田松陰でしたが、その後、自宅での謹慎を命じられます。すると、自宅には多くの若者が集まり、それまでの経験を生かして塾を開きました。その時に開いた塾が、のちの松下村塾(しょうかそんじゅく)に発展します。

自主性を重んじることを重視した松下村塾

松下村塾

松下村塾には多くの人が集まりました。その中には、明治維新に活躍した高杉晋作や久坂玄瑞、桂小五郎(木戸孝允)、そしてのちに内閣総理大臣として活躍する伊藤博文や山県有朋など、近代日本国家の基礎を築いた著名な人物も多く通っていました。

松下村塾がこれほど多く偉人を輩出できた秘密は、吉田松陰の教育方法にあります。松下村塾には武士はもちろん、農民や町民などさまざまな身分の人が通いました。90名を超える生徒が通いながらも、松下村塾には月謝などは存在しなかったそう。その結果、従来の教育機関では学ぶことさえできなかった身分の人も、学びの場を得られるようになったのです。

そして特筆すべきは、松下村塾の大きな特徴のひとつである授業形式。吉田松陰が壇上に立って講義するよりも、塾生同士が討論する方が多かったようです。あるテーマについて塾生同士が激しい討論をし、時には塾生が自ら教壇に立って授業をすることもあったと言われています。

それだけではありません。吉田松陰は塾生一人ひとりの得意分野を見抜いたうえで、それぞれの強みを伸ばす指導を行ない、自主性を重んじることを重視。こういった教育方針のおかげもあり、多くの著名人を輩出できたのかもしれません。

現代に残る吉田松陰の史跡

世界遺産にも登録された「松下村塾」

世界遺産にも登録された「松下村塾」

そんな松下村塾ですが、山口県萩市に現存しているのをご存じでしょうか。幕末当時に建てられたもので、しかも移築などもせずに当時のままの建物が残っています。

2015年には、産業革命を担った多くの逸材を育成した点などが評価され、「明治日本の産業革命」の構成資産のひとつとして、長崎県の端島炭鉱などと共に世界遺産に登録されました。歴史的にも重要な場所として、日本国内はもちろん、世界各国から多くの人が集うスポットです。

学問の神様・吉田松陰を祀る「松陰神社」

松陰神社

山口県萩市と東京都世田谷区には、吉田松陰を祀った「松陰神社」があり、学問の神様として崇敬を集めています。

御朱印をいただけることでも知られていて、吉田松陰の命日である毎月27日には、御朱印に吉田松陰のシルエットが押印されるなど、御朱印集めを趣味にしている人たちからも人気のスポットになっています。

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松下村塾の教育方法を現代に継承する「松陰塾」

松陰塾は全国に300校を展開

「松陰塾」と刻銘した顕彰碑

吉田松陰の教育方法を現代に継承する塾が、全国に300校を展開する「松陰塾」です。2017年12月には、その証として松下村塾の横に「松陰塾」と刻銘した顕彰碑を建立しています。

その翌年には松下村塾の敷地内にある「学びの道」の両端に、明治維新150年を記念して25基の旬碑を設置。さらに、学びの道の入り口には、「Showin Street」と刻銘した石碑を建て、すべての旬碑に「松陰塾」のロゴが入っています。

子どもが自ら学ぶ松陰塾の学習システム

松陰塾では、1997年から自社開発しているeラーニング教材を使用。文部科学賞の学習指導要領に準拠し、小学1年生から中学3年生までの5教科、12万問題以上を誇る国内最大級のデータ量を誇ります。

また、子どもたちが自力で学べる学習システムを採用しているのも特徴のひとつ。「わかるところから始める」「わかるまで進ませない」「わかるまでくり返す」といった“わかるの3大法則”をもとに、20年以上の歳月をかけ、最適なプログラムに仕上げた学習法が「ショウイン式」です。

ショウイン式ではわかるところから勉強をスタート。そして、パソコン上に出題された問題を次々に書き写し、子どもたちが自身でノートを作ることで、頭の中が整理されます。

わからないところをうやむやのまま進ませないなど、正しい勉強方法で徹底的に基礎学力を鍛えることで、飛躍的な学力向上が期待できます。仕上げには、理解した内容を確かめるため、たくさんの類題をeラーニング教材で解きます。

この「理解する→書いて覚える→考える→答えを導き出す」といった一連の流れは、すべて自立学習教材の「Showinシステム」を使うことで効率的、かつ楽しく進められるのが特徴です。

吉田松陰の教えを継ぐ松陰塾のオーナーになるには

塾・予備校検索サイト「塾ナビ」の学習塾口コミランキングで、全国7都県(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・愛知県・福岡県・長崎県)において1位を獲得した「松陰塾」。

フランチャイズ展開もしていて、ロイヤリティは0円。生徒自身がeラーニングを用いて自発的に学習を進めるので、講師を採用する必要はありません。しかも、学習塾経営で要となる集客についても、塾業界42年の本部が徹底サポート。生徒が集まるか不安……という人も、ぜひ「松陰塾」でビジネスをスタートしてみませんか。


松下村塾の教育方法継ぐ松陰塾とは

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